最新の日記10件

2015/06/24 7月の新刊案内。
2015/06/05 新刊『房総から広がる潜水器漁業史』
2015/04/21 第35回東葛出版懇話会へのお誘い
2015/03/16 新刊『成田の歴史小話百九十話』
2015/01/23 新刊・『おゆみ野の歴史・風土とくらし』
2014/10/30 新刊・『おひとりさま 荷風』
2014/10/27 東葛出版懇話会へのお誘い
2014/09/10 9月の新刊案内。
2014/07/11 新刊案内。
2014/07/11 青木更吉先生講演会
2014/05/20 新刊案内・『近世地域教育の一断面』
2014/04/28 東葛出版懇話会のご案内。
2014/04/24 新刊・『新しい小林一茶』
2014/04/23 新刊・『流山みりん物語』
2014/01/15 新刊案内・1月
2013/11/25 新刊案内。
2013/10/23 東葛出版懇話会のご案内。
2013/10/07 新刊案内『小林一茶なぞ・ふしぎ旅』
2013/07/11 新刊案内『福田村事件』
2013/05/24 新刊案内『コウノトリの舞うまでに』
2013/03/25 4月新刊『将門と忠常』
2013/02/07 新刊案内『房総人物伝』
2012/12/05 新刊案内『三枝俊徳日記』
2012/10/25 新刊案内『月山 山菜の記』
2012/10/23 新刊案内『筑波山と山岳信仰ー改訂新版』
2012/06/06 新刊 「ぼくたちの野田争議」のご案内。
2012/05/29 東葛出版懇話会のお知らせ。
2012/04/19 5月の新刊『荷風晩年と市川』。
2012/04/06 4月の新刊。
2011/12/06 新刊案内・『房総文学散歩』

 
本当の市史。
2008/06/25

 『流山近代史』という本が発刊された。サブタイトルに「『流山市史 通史編U』原著全五章」とある。著者山形紘氏が自費を投じて出版した一冊である。市の教育委員会が出した『流山市史 通史編U』と比べると、いかにも貧弱、見てくれでは「軍艦」と「手漕ぎ船」くらいはあろう。しかし、その「手漕ぎ船」の積み荷の濃さは、「軍艦」の空疎な中身とは雲泥の差がある。
 
 本来、山形氏の原稿は、「軍艦」の中にそっくり納められべきものだった。それが市史編纂の担当者は、執筆者に何の断りもせず「2328ヵ所」(朝日新聞)もの改ざんを施して、『市史』として発行してしまったのである。山形氏が、改ざん者の私的史観に塗り替えられた『流山市史 通史編U』から、執筆者としての名前の削除を求めたのは当然であろう。このあたりについては、巻末の「『流山市史 通史編U』の経緯」に詳しい。
 
 約四半世紀にも及ぶ調査・研究を経て執筆した原稿をむざむざ葬り去ることは出来ず、また、それ以上に、「改ざんされた歴史」が、市の歴史としてまかり通ることは忍び難いとの、歴史家としての良心から、山形氏は自費による出版を考えたという。
 
 歴史に対する考え方捉え方にはさまざまあろうが、「公」の歴史書から「確かにあった歴史」を抹消することは許されない。過去の出来事の中には恥部もあるかも知れない。しかし、それから眼をそむけることは歴史への冒涜以外のなにものでもない。恥は恥としてしっかり後代に伝えることこそが、「本当の市史」の役目である。『流山近代史』と『流山市史 通史編U』の大きな違いはそこにある。(『流山近代史』の発売元は崙書房出版。定価は税込み3150円)
 
7月の新刊。
2008/06/18

 梅雨の晴れ間が続いています。7月中旬刊行の新刊をご案内いたします。


 *書名 産鉄族オオ氏 新編東国の古代
 *著者 柴田弘武
 *判型 全書版
 *頁  328頁
 *定価 1890円(本体1800円+税)
 *コード ISBN978−4−8455−1143−3
 *内容 オオ氏は、意富、飫富、大生、多、太、大などと表記される。古代における大豪族であり、全国各地にその勢力を広げていった。常総に色濃く残る古代豪族オオ氏の足跡と、そのオオ氏にからむ古代製鉄の在り様、そして、九州とあとは常陸・陸奥の太平洋側にのみ圧倒的に出現する装飾古墳・装飾横穴墓の存在。東国に関する最古の文献である『常陸国風土記』を基礎に、古代常総地域がいつごろ、どのようにして
大和朝廷の支配下に組み込まれていったのか、古代常総の謎を解く、著者渾身の力作。
著者の柴田氏は、えみし学会会長、郷土教育全国協議会、たたら研究会、史遊会、日本地名研究所、日本ペンクラブなどの会員。主な著書に『全国「別所」地名辞典』、『鉄と俘囚の古代史』、『風と火の古代史』(以上彩流社)、『おばけと物語』(現代書館)、『将門風土記』(たいまつ社)、『常陸国風土記をゆく』(共著・小社刊)などがある。


 以上です。ご期待下さい。


 
 
受難のアジア。
2008/05/30

 梅雨入り前だというのに、雨の日が多い。こんな日にはついつい自然災害と人間との不可避の闘いを考えてしまう。サイクロンのミャンマーと中国・四川省の地震。日経新聞の「私の履歴書」で谷川健一氏は、宮本常一氏の「庶民の世界は、不幸によって世間に知られる」という言葉を紹介していた。水俣病に触れた文脈の中でではあったけれど、連日に渡って中継される映像に四川省の人々の生活の困難を垣間見れば、骨身に沁みる言葉である。しかし、関心の高さは、単に報道のせいばかりではあるまい。ただただ一点。「人ごとではない」からである。


 中央防災会議は2月に利根川決壊の場合の被害想定をまとめたという。3月末の報道だったが、当地は利根川と江戸川に挟まれ、完全に災害対象エリアである。想定箇所に「野田右岸」(河口に向かって右手側)があったが、「死者3300人」というのは生々しい数字だ。昭和22年のカスリーン台風のように栗橋右岸で決壊すれば東京のゼロメートル地帯の被害は想像を絶するばかりだ。大地震だけではないのである。『新・利根川図志』(上・下)の著者、山本鉱太郎氏は、この台風に遭遇している。小生は、氏の体験談を「講談」のように伺っていたが、今は我が身の浅薄さに反省を込め、現実感をもって受けとめたいと思う。


 それにしても今こそ「グローバリズム」本来の出番ではあるだろうに、アジア民衆の受難はまたしても「政治」によって翻弄されている。二重の不幸である。

Olive Diary DX Ver1.0